メッセージングアプリをLINEからSignalに乗り換えて、一週間ほど経とうとしているので、今日はその使い方を移行方法をまとめてみる。またSignal自体についての深掘りも行う。
LINEをやめようと思った理由は単純で、アプリUXが最悪だから。アプリを開いて立ち上がる一番左のタブであるHomeには、Service、Friend Lists、Newsが並ぶ。熊が出てきて「tap to see your friend list in chats.」と意味のないものまで表示されている。言葉を選ばず言えば、Xのタイムラインよりも、見た目は汚い。その右隣にChatsタブがあるが、一番上には広告。さらにトップにはChatsとFriendsというタブが二つあり、その隣に4つのアイコンが並ぶ。VoomタブはまるでTikTokでいきなり音付きの動画が流れてくる。ハローキティーのステッカーがもらえるキャンペーン。当然フォローしていない人の投稿が流れる。Newsタブは非表示にしていて代わりにCallsタブにしている。ここには過去の電話履歴が並ぶ。一番右のAppsは、もう言葉で説明できないほど要素が多い。
現在のLINEのUXは、行動を阻害する。テキストのやりとりを行う度に、意識が他の刺激にもっていかれ、脳のメモリを消費する。LINEでのやりとりが多くなればなるほど、一日が終わった時には、どっと疲れている気がする。
メッセージツールに求めるのは、テキストメッセージと通話だけ。元々はシンプルなアプリだったものが、LINEヤフー株式会社になり、より一層広告による収益化モデルが強化された。ヤフーは広告で収益を上げている会社なのだ。それがあまりにも、今のLINEに滲み出すぎている。広告でしか収益を上げられず最悪のUXになったwebマガジンを、今誰も観なくなったように、このままLINEを使う人も減るだろう。
少し先の話をすると、ゆくゆくは多くのメッセージアプリは消える。(メッセージアプリ以外も例外なく)AIが進歩し、スマホがAIのためのエッジノードになる頃には、アプリケーションは意味をなさない。生のプログラムとプロトコルだけが走る。おそらく、個人を直接固有のものとして認識するシステムが働き、その固有識別番号のようなものに対して直接コミュニケーションを行える世界が来るだろう。そこで残るのは、テキストと音声(画像)通話だ。
しかし、今はまだ難しい。世の中に浸透し、あまりにインフラになっており誰も離脱できないので、僕が先陣を切ってこのゲームから降りようと思う。組織から降り、社会からも半分降りて都市で隠遁生活を送っているので、降りることに関しては少し得意なのだ。
この試みが失敗してもいい。宇宙に取り残された孤独な人工衛星のようになるかもしれない。今は、結構そんな気分を感じている。だがこの何ものにも代え難い平穏と静寂には大きな価値があるとも思っている。結論を言えば、Signalは素晴らしく、快適だ。
なぜSignalなのか
移行に際して、最初にこのように比較してみた。
iMessage: 快適だがApple限定。相手がAndroidだと暗号化も体験も別物のSMS/RCSに落ちるので、汎用の連絡インフラとしては欠陥がある。却下。
WhatsApp: 暗号化自体はSignalプロトコルで堅牢だが、運営がMetaで、2025年からステータス欄に広告が導入され始めている。「広告のないアプリに逃げたら数年後また広告が来た」というLINEと同じ轍を踏むリスクが構造的に高い。却下。
Signal: 非営利団体運営で広告を入れるビジネスモデルが存在しない。全メッセージ・通話がデフォルトでE2E暗号化、オープンソース、収集するメタデータも最小限。電話番号だけで始められ、iPhone/Android両対応。自分の要件(広告なし・純粋なメッセージと通話・高セキュリティ)に対する専用設計品となる。
また、Signalは災害時にも使えるツールとなると思っている。混雑や繋がりにくさは通信インフラのダメージにもよるので、ユーザーの少ないSignalのほうが繋がりやすいとは一概に言えない。だがLINEという一つの巨大なサービスに通信手段を依存しないという意味で、バックアップの手段にもなり得る。
「広告が入らないこと」が構造的に保証されているのはSignalだけ、というのが決定打となった。
Signalについてもう少し詳しく掘ってみる。
詐欺グループが使うアプリ?
日本でSignalの名前は、特殊詐欺や闇バイトの報道と結びついて語られることが多い。使っていること自体が怪しい、という空気すらある。
なぜ犯罪者たちはSignalを選ぶのか。答えは単純で、捜査機関に読まれないからである。つまり犯罪利用の事実は、皮肉にも、このアプリの暗号化が本物であることの最も説得力のある実地証明になっている。現金が犯罪に使われるからといって、現金を持つ人間が怪しいことにはならない。道具の性能と使用者の属性は、分けて考える必要がある。
では、その性能とはどの程度のものか。
裁判所に提出できたのは、日付2つだった
Signalは米国で何度も捜査当局の召喚状を受けている。求められたのは氏名、住所、通信内容、通信相手。提出できたのは毎回同じで、「アカウントの作成日時」と「最終接続日時」の2つだけだった。メッセージの中身はもちろん、連絡先も、グループも、誰と話したかの記録も、プロフィール名すら、Signalのサーバーには存在しない。
重要なのは、これが「渡さない」という方針ではなく「渡せない」という設計だということだ。方針は経営者が代われば消えるが、構造は残る。Signalは受けた政府要請と応答の全件を公式サイトで公開し続けており、透明性まで含めて設計の一部になっている。
そしてこのアプリの使用者には、もう一つの顔ぶれがある。EUの欧州委員会は職員にSignalの利用を推奨し、ジャーナリストは取材源の保護に標準的に使う。2025年3月には、米政権の高官たちがイエメン攻撃計画をSignalのグループで議論し、誤って雑誌編集長を招待していた騒動が起きた。政府中枢が日常の連絡に使うアプリと、詐欺グループが使うアプリは、同じアプリである。両者が同じものを選ぶという事実こそが、性能を物語っている。
エンジンは世界中で動いている
Signalの暗号方式「Signalプロトコル」はオープンソースで公開されており、WhatsAppの全メッセージも、GoogleのRCSメッセージも、これで暗号化されている。世界の主要メッセンジャーの暗号の中身は、実はSignalの発明品なのだ。
ただし、エンジンが同じでも車の持ち主は違う。WhatsAppはメッセージの中身こそSignal方式で守るが、メタデータ—誰が誰と、いつ、どのくらいの頻度で話したか—はMetaが収集する。プロトコルとメタデータ最小化の両方を実装しているのは本家だけである。
作っているのは企業ではない
Signalを運営するのは、米国の非営利財団 Signal Technology Foundation。設立の経緯に、このアプリの性格が凝縮されている。
2018年、WhatsAppの共同創業者Brian ActonはMetaへの売却を公然と後悔し、私財から5000万ドルを拠出して、Signalプロトコルの設計者Moxie Marlinspikeとともにこの財団を立ち上げた。「広告は載せない」と誓って作られたアプリが、買収を経て広告モデルに飲み込まれていく過程を内側で見た人間が、同じ思想を、今度は壊れない形で作り直した。
壊れない形、というのは比喩ではない。メッセージアプリの死に方は歴史上ほぼ一つで、「買収され、広告モデルに組み込まれる」ことである。非営利財団には株式が存在しないため、この死に方が構造的にありえない。運営費は寄付で賄われ、広告で収益化する動機を持たない。
非営利財団だからこそ、資金調達の困難性もあるにはある。寄付頼みの財政に、営利企業のような無限の資金はない。ただしSignalの連絡先は電話番号そのものなので、仮に財団が立ち行かなくなっても、失われるのはアプリだけで人間関係は手元に残る。乗り換えコストがほぼゼロのアプリは、死んだときの被害も最小なのだ。
事故歴ではなく事業構造を見る
LINEにもLetter Sealingというエンドツーエンド暗号化はあるが、適用範囲は限定的で、暗号化されない領域が残る。運営履歴では、2021年に中国関連企業のスタッフが日本ユーザーの個人情報にアクセスできる状態だったことが発覚し、2023年にはNaver子会社を踏み台にしたサイバー攻撃で約51万件の情報が漏えい。翌2024年、総務省はNaverとの資本関係の見直しにまで踏み込む、異例の行政指導を行った。
ただ、本質は事故そのものよりもっと手前にある。LINEヤフーは広告企業であり、ユーザーの注意と行動データを広告主に売ることで成立している。アプリを開くたびに目に入るニュースと広告は、劣化ではなくビジネスモデルの正常な動作なのだ。一方のSignalは構造上、ユーザー以外に奉仕する相手を持たない。
使ってみるとわかる、思想の一貫性
登録に必要なのは電話番号だけで、本名もメールアドレスも要らない。2024年からはユーザーネーム機能が加わり、番号を登録の鍵としてだけ使い、相手には一切見せない運用ができるようになった。
使い始めると、相手の名前の下に「name not verified」という注記が出ることがある。これはエラーではない。表示名は本人の自称であり、Signalは身元を保証していない。その事実を隠さず明示しているだけだ。検証したければ、互いの安全番号をその場で照合する仕組みが用意されている。信頼を雰囲気ではなく手続きにしている。
トーク履歴をクラウドに自動保存しない仕様も同じ思想から来ている。会話のログが運営のサーバーに集積されないことと引き換えの設計であり、2025年に追加されたバックアップ機能ですら、復元キーは端末上で生成されてSignalには共有されない。ユーザーがキーを失えば、Signal自身にも復元できない。利便性を足すときですら、運営が中身に触れる経路を作らないという徹底ぶりだ。
お互いを承認する実際の手順
その相手とのトークを開き、画面上部の相手の名前をタップしてプロフィール画面へ
View Safety Number をタップ。QRコードと60桁の数字が表示される
どちらか一方がQRコードをタップしてカメラを起動し、相手の画面のQRコードをスキャンする
一致すれば緑のチェックマークが出る。そうしたら同じ画面の Mark as Verified をオンにする
相手側も同じことをする。スキャンは片方だけでも照合自体は成立するが、「Verified」の印は各自の端末に個別につくので、互いにやって完了
承認の仕組み
QRの60桁の数字(安全番号)は、あなたと相手、この2人の暗号鍵のペアから生成される指紋だ。2人の端末が同じ番号を表示している=この暗号化チャネルの両端に確かにお互いがいる、ということが数学的に確認される。IDやリンクで繋がった時点では「この宛先と暗号化通信ができている」ことしか保証されていないが、対面照合によって「その宛先が目の前のこの人である」ことまで確定する。これが検証の意味。
なお安全番号は相手ごとに異なる。全員分やる必要はなく、重要な話をする数人、例えば家族やパートナーだけでも十分。
Mark as Verified をオンにする実益
一度Verifiedにしておくと、将来その相手の安全番号が変わった瞬間に警告が出て、メッセージ送信が一旦止まる。番号が変わる原因はほぼ「相手の機種変更・再インストール」だが、理論上は第三者によるなりすましの可能性もある。警告が出たら、本人に別経路(電話など)で「機種変えた?」と一言確認し、Yesなら再承認して送信を再開する—この運用ルールだけ頭に入れておけば完璧。
なお安全番号は相手ごとに異なる。全員分やる必要はなく、重要な話をする数人、例えば家族やパートナーだけでも十分。
機能ではなく、インセンティブで選ぶ
Signalが優れている理由を一つに絞るなら、インセンティブ構造がユーザーと完全に一致していることに尽きる。広告企業はユーザーのデータで広告主に奉仕し、買収された企業は親会社に奉仕する。Signalは構造上、ユーザーにしか奉仕できない。
「怪しいアプリ」というレッテルに戻ろう。レッテルを剥がすのは、結局のところ使用者の顔ぶれではないだろうか。実名で、まっとうな生活と仕事を公開している人間が「メインの連絡はSignalだ」と普通に言うこと。言えること。日本に足りていないのはその層であり、空白は、誰かが埋めるまで空白のままだ。
道具を選ぶとき、機能一覧を比べるのではなく、その道具を作る組織が誰のために動く構造になっているかを見て考える。財布でも服でも同じやり方で選んできた人間には、この結論は驚くほど馴染みがいいはずだ。
Signalのことを少し知った上で、改めて移行のためのプランを考えた。
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